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"Multiple Minds: Neuroscience of economic decisions"

2006年4月5日
Princeton University, Center for the Study of Brain, Mind & Behavior, Department of Psychology
Dr. Samuel M. McClure

McClure博士の講演は、私たちが普段の生活で何かを選択するとき、一見相反するそれぞれの選択を行おうとするシステムが同時に脳に存在することを、非侵襲的手法を用いて明らかにするというものでした。
私たちヒトを含む動物は、食べ物やお金などの「報酬」に基づいて、ある行動を選択したり学習したりします。脳内神経修飾物質であるドーパミンが、「報酬」に深く関わることがこれまでの研究から明らかになっています。特に1990年代からfMRIの技術が発展し、私たちの脳のどの場所が、どのように報酬を捉え、そしてどのように行動選択に用いているかという仕組みを調べる研究が始まりました。
このようなヒトを対象とした非侵襲の実験は、ヒト特有の「経済的意思決定」における脳内メカニズムを調べることができるという利点があります。ここでは2つの例をあげます。ひとつは広告による嗜好性の変化 (ニューロマーケティング)、もうひとつが時間割引率 (ニューロエコノミクス) の話です。
ニューロマーケティングの例として、「ペプシチャレンジ」というペプシ・コーラが行った広告キャンペーンがあります。これはペプシ・コーラとコカ・コーラをブランド名を伏せて飲み比べてもらい、どちらがおいしいかを選んでもらうというものでした。参加者の大勢がペプシを選ぶ様子をTVコマーシャルで流した結果、ペプシの売り上げが飛躍的に伸びたということです。
このような嗜好性は、それぞれの選択肢を取ろうとする複数の脳内プロセスの相互作用であると理解できます。つまり脳の中には、Pepsiを選ぶプロセスと、Cokeを選ぶプロセスという、相反するプロセスが存在しているという考えです。また、このような複数の脳内システムの例としては、「異時点間選択」という問題があります。
「異時点間選択」とは、すぐに得られる小さい報酬と、時間はかかるが大きい報酬のどちらかを選択するという問題です。
報酬の「価値」は時間とともに減衰する、というのが「異時点間選択」の基本的な考えです。つまり選択の時点において、遠い将来にある報酬ほど、目の前にある報酬よりもその価値は小さくなります。したがって異なる時間遅れをもつ、異なる値の報酬の選択行動は、この理論モデルによって説明されます。この式の中のδは、どれぐらい早く将来の報酬の価値が減衰するかを決めるパラメーターです。δが小さいほど将来の報酬の価値がすぐに減衰し、その結果目先の報酬を選ぶという「衝動的」な選択になります。
@明日100ドルと、A1週間後に115ドルがある場合、たいていの人は少なくてもすぐに得られる@を選びます。しかし、@明日100ドルとA1年後に140,000ドルがある場合、ほぼ全員がAの大きい報酬を選びます。このように、ヒトはしばしば理論モデルに反した選択を行います。つまり、脳には理論的な選択を行うシステムと、理論的でない選択を行うシステムが存在していると考えられるのです。
McClure博士の仮説は、脳には異なる割合で時間割引を計算している場所があるというものです。具体的には、情動的な機能に関わる辺縁系がより衝動的な (非理論的な) 選択を行い、認知的な機能に関わるとされる前頭前野がより自制心のある (理論的な) 選択をしているというものです。
この仮説に従うと、衝動的な選択に関わる場所は、「今日」を選択肢に含む選択において、「今日」を含まない選択よりも強く活動すると予測されます。それに対して、自制心のある選択に関わる場所は、遠い将来に得られる報酬の価値が減衰しないため、すべての選択においてほぼ等しく活動することが予測されます。
この仮説を証明するために、今日、2週間後、1ヵ月後という異なる時間遅れで得られる、異なる値の報酬2つを被験者に選択させ、そのときの脳活動を調べました。
その結果、すぐに得られる選択肢を含む選択では、腹側線条体、内側前頭葉眼窩面皮質、内側前頭前野、帯状回後部などの、辺縁系が活動しました。つまりこれらは、衝動的な (非論理的な) 選択に関わる場所であるといえます。
また、すべての選択では、背外側前頭前野や背側前頭葉眼窩面皮質などの認知的機能に関わる部位が活動しました。つまりこれらは、自制心のある (論理的な) 選択に関わる場所であるといえます。


また、ジュースを報酬として用い、時間遅れを直後、10分後、20分後という範囲に変えた実験でも、先ほどとほぼ同じ結果が得られたことから、この2つのシステムは報酬の種類や時間軸に依存しないシステムであることがいえます。
次に、ペプシかコカ・コーラかという嗜好性を脳活動から予測できるかを調べた、ニューロマーケティングの実験を行いました。
まず、ブランドを隠してどちらが好きか味による選択を被験者に行わせました。その結果、コカ・コーラを選んだ回数と腹内側前頭前野の脳活動は有意に相関しました。つまり腹内側前頭前野はブランド名に関わらず、純粋に個人の嗜好性を表現している部位であるといえます。
次に、1つのカップにブランドのラベルを示して、他のカップを無記入 (コカ・コーラかペプシかどちらかが入っている) にした場合、コカ・コーラのラベルのあるカップをペプシのラベルより多く選ぶという結果を得ました。
また、コカ・コーラの絵を見せた後にコカ・コーラを飲んだときと、何がくるかわからない刺激の後にコカ・コーラを飲んだときの脳活動を比較すると、コカ・コーラの絵を見せた後には海馬と背外側前頭前野が有意に活動しました。それに対して、ペプシの絵を見せた後には有意に強い活動はどこにも見られませんでした。
この結果から次のような2つのシステムの存在が示唆されます。ひとつは、本来の嗜好性による選択は辺縁系が関わるというものです。そしてもうひとつは、ブランドの情報によって影響された選択は前頭前野が関わるというものです。
このような嗜好性と脳活動の研究には、倫理的な問題が生じます。つまりこのような知識を用いてより効果的な宣伝活動に導くという恐れがあります。しかしまた、宣伝の許容レベルがどのあたりなのかを定量化できるという利点もあります。脳科学が進むにつれ、このような「神経倫理学」の問題に取り組む必要があります。

質疑応答

問い「論理的な意思決定をする場所が損傷を受けると、その人は非論理的な選択をおこなうのでしょうか」
McClure博士「論理的な意思決定をすると考えられる前頭葉が損傷を受けると、適切な社会的・経済的行動ができなくなるなどの影響が見られます。ただし 経済的選択モデルとの関連はまだ調べられていません」

問い「被験者の行動には差はあるのですか」
McClure博士「被験者の行動には大きな差がありました。今回の実験では被験者間の行動の差には注目していませんが、今後取り組みたい問題です」

問い「衝動的な選択と自制的な選択のどちらのシステムが支配的になるかの割合は、人によっても、また同じ人でも状況や経験によっても変化する可能性があると思いますが、脳の中でどのように調節されていると考えますか」
McClure博士「これら2つのシステムは競合関係にあると考えられます。内側前頭葉にある帯状回がこの競合を調節し、どちらのシステムがより支配的になるかを決定していると考えています。別の実験でこれを支持する結果も得ています」

問い「内側前頭葉の腹側部分が衝動的な選択に関わる場所という結果でしたが、この場所が損傷を受けると衝動的な行動をするというDamasioらの先行研究とはどのような関係にあるのでしょうか」
McClure博士「確かにこれらの結果は正反対のように見えます。おそらく内側前頭葉のうちの一部 (帯状回) が競合にかかわり、ここが損傷を受けると競合システムがうまく働かなくなり、衝動的な行動に陥ることが考えられhます」


関連リンク

「異時点間選択」を用いたニューロエコノミクスに関する論文 (Science)

ペプシとコカ・コーラの比較を用いたニューロマーケティングに関する論文 (Neuron)

What is Neuroeconomics? (by Colin F。Camerer (Caltech))

Neuroeconomics (by Richard L。Peterson)

 

Last update: 2006.05.29

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